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東京地方裁判所 平成10年(ワ)12836号 判決

原告

A通商株式会社

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

平山康介

被告

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

後藤康男

右訴訟代理人弁護士

濱孝司

南出行生

北澤龍也

榎本孝芳

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金七〇〇万円及びこれに対する平成一〇年六月一九日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告との間で自動車保険(車両保険)が締結されていた車両(以下「本件車両」という。)の所有者と主張する原告が、本件車両が盗難にあったとして、被告に対してその保険料の支払いを求めたのに対し、被告が、盗難の事実は請求者側で立証すべきところ、本件車両が喪失した前後の経過には不自然な点が多く未だその立証は不十分である。原告は本件車両の所有者ではない等と主張して、右保険金支払義務の存否を争った事案である。

一  前提事実(証拠援用部分を除き、争いがない。)

1  原告(旧商号株式会社ベルテック)は、株式会社ヤナセ(以下「ヤナセ」という。)から代金七一四万一二〇〇円で購入した平成九年式キャデラック一台(本件車両、登録番号品川三五つ六五、車体番号一G六KE五二Y―四VU二〇四六一九)を被保険自動車として、被告との間で、平成九年二月一八日、車両保険を含む左記保険契約を締結した。(以下、このうちの車両保険を「本件保険」という。甲一ないし三、乙一三)

(一) 保険契約の種類 自家用自動車総合保険(SAP)

(二) 車両保険金額 七〇〇万円

(三) 保険期間 平成九年二月一八日から一年間

(四) 車両所有者(車両被保険者)株式会社ヤナセ

2  本件車両の姿は平成九年九月一三日以降発見されていない(以下「本件車両の喪失」という。)。

本件車両を使用保管していた乙川次郎(以下「乙川」という。)は、同日、本件車両について、浦安警察署宛に盗難届(受理番号平成九年浦安第二一八五号)を提出した。(乙九)

3  自家用自動車総合保険(SAP)契約約款第五章(車両条項)第一条第一項には、保険会社は、衝突、接触、墜落、転覆、物の飛来、物の落下、火災、爆発、盗難、台風、洪水、高潮その他偶然な事故によって保険証券記載の自動車(以下「被保険自動車」という。)に生じた損害を、この車両条項及び一般条項に従い、被保険者(被保険自動車の所有者)に対しててん補する旨定められている。(乙一)

二  争点

1  原告の主張

(一) 本件保険の被保険利益について

乙川は、品川ナンバーが欲しかったため、原告の承諾を得てその名義を借用し、ヤナセから本件車両を購入した。本件車両の購入代金の一部三六四万一二〇〇円は乙川が出捐し、これを原告を通じてヤナセに支払った。

また、購入残代金は、原告の承諾を得て原告名義で株式会社ジャックス(以下「ジャックス」という。)とオートローン契約を締結し、その割賦代金は乙川は出捐し、これを原告を通じてジャックスに支払った。

本件保険も、乙川が、原告の承諾を得てその名義を借用し、被告との間で保険契約を締結し、その保険料は乙川が出捐した。

したがって、本件保険の被保険利益は、原告の支払いに応じ、徐々に原告に移転した本件車両の所有利益である。

(二) 本件車両の喪失原因について

本件車両は、左記の事情に照らし、平成九年九月一三日午前零時すぎころから同日正午過ぎころまでに間に、乙川が住居するマンション(千葉県浦安市明海〈番地略〉マリーナイースト21望海の街、以下「本件マンション」という。)の居住者用駐車場(以下「本件駐車場」という。)から盗難されたとしか考えられない。

(1) 本件車両は、乙川が、原告名義で購入後専ら乙川が使用しており、他人に運転させたことはなかった。本件車両の保管場所は、本件駐車場内の管理会社から指定された位置(本件マンション八号棟の南東角から約一〇メートルの駐車場所、以下「本件駐車スペース」という。)であり、乙川はいつもここに保管していた。

(2) 乙川は、平成九年九月一二日午後七時から午後九時まで、知人の池田孝治の指導の元空手の稽古をし、その後本件車両を運転して江戸川区篠崎まで池田を送り、その後ウェアハウス行徳店というビデオ店でレンタルビデオを借りて帰った。

乙川は、平成九年九月一三日午前零時すぎころ、本件駐車場に到着し、本件車両を本件駐車スペースに駐車した。このとき、本件車両のウィンドウは全部閉め、またドアの鍵をリモコンでかけて自宅に戻った。

乙川は、平成九年九月一三日正午過ぎころ、羽田空港まで出かけようとした際に、本件駐車スペースに停めたはずの本件車両がなくなっていることに気がついた。乙川はすぐに警察に通報し、同日午後一時ころ浦安警察署の警察官が事情聴取に訪れた。なお、乙川は、本件車両とともに、松山空港行きの航空券、乙川の写真、五〇〇円玉等も盗まれた。

(3) 本件車両のキーは、パスキーと呼ばれる特殊な鍵で、これは二組あり、そのうち一組(金の鍵)は乙川自身が所持し、もう一組(銀の鍵)は乙川がその住居(本件マンション八号棟○○号室、以下「乙川居室」という。)のテレビ台の引き出しに保管していた。しかし、本件車両の喪失に気づいた際に、銀の鍵もなくなっていることに気づいた。乙川は、金の鍵だけで何らの不自由もなかったことから、一度も銀の鍵を使用したことがなく、そのため意識してその所在を確認したことがなかった。銀の鍵の所在は現在依然として不明である。

乙川は、乙川居室で同居していた丙山花子(以下「丙山」という。)に、本件車両の銀の鍵がなくなっていることについて尋ねたが、丙山からは知らないとの回答しか得られなかった。

その後、乙川は、原告代理人を通して、再度銀の鍵の所在を知らないかを丙山に尋ねたが、銀の鍵のことを含め本件車両のことは全く知らない、乙川のことでこれ以上連絡を取らないで欲しいと要求された。

(4) 乙川は、平成一〇年三月ころ、愛知県警津島警察署から、本件車両のナンバープレート前後二枚が同署管内で発見されたとの連絡を受けた。このナンバープレートは、同署から浦安警察署へ送られ、乙川に還付された。

後記(5)のように、本件駐車場においては、本件車両を含めて大型高級車ばかりが窃取されており、事件発生の頻度も高い。したがって、本件車両を含め、一連の盗難事件は職業的窃盗団により敢行された可能性が高く、この場合犯行の発覚を防ぐために本件車両の正規のナンバープレートが外され、偽造ナンバープレートに付け替えられたとしても何ら不思議はない。

(5) 本件車両を本件駐車スペースから窃取する方法としては、パスキーと同様の鍵による方法、ドアロック開錠等による方法、レッカーによる方法、銀の鍵の不正使用による方法が考えられ、本件の場合にはいずれの方法による可能性も否定することができない。本件駐車場においては、本件車両盗難後にも大型高級車の盗難が頻発していることの考え併せると、本件車両は、右のいずれかの方法により窃取されたものと考えられる。

(三) 本件車両の時価について

本件車両の盗難時の時価は、金七〇〇万円を下らない。

2  被告の主張

(一) 盗難の事実の主張立証責任

保険事故の偶然性は、請求の根拠となるものであるから、保険金の請求権者において、盗難その他偶然な事故の発生を証明すべき責任を負う。

その場合、単に警察への盗難届出の事実、車が発見されない事実だけでは盗難があったことの証明としては足りない。

(二) 本件車両の喪失原因について

本件では、本件車両の盗難日という最も基本的かつ重要な事実が二転三転しており、その他不自然な事実や虚偽の疑いのある事実が多く、盗難の事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 保険金請求権者について

本件車両の購入代金を支払ったのは乙川であり、原告は単なる名義だけで本件車両の購入にあたって何らの出捐をしていない。

したがって、原告が本件車両の所有権を有している事実の証明はなく、原告は本件保険の被保険者には該当しない。

第三  当裁判所の判断

一  本件車両の喪失原因について

1  喪失原因事実の立証責任

本件保険(車両保険)は、当事者の一方が偶然な一定の事故によって生ずべき損害てん補することを約束し、相手方がこれに報酬を支払うことを約することによって成立する損害保険(商法六二九条)の一種であるから、事故の偶然性は保険金請求権の発生要件の一つであって、本件保険に基づいて保険金を請求する者は、一定の事故と損害の発生及びその事故と損害発生との間に相当因果関係が存在することのほか、その事故が偶然によるものであること、即ち事故の発生が予知できなかったものであることを主張立証すべき責任を負担するものと解するのが相当である。

本件保険に適用される自家用自動車総合保険契約約款第五章(車両条項)第一条第一項において、保険会社は、盗難その他偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害を、この車両条項及び一般条項に従い、被保険者(被保険自動車の所有者)に対しててん補する旨定められているのは、この趣旨を明らかにしたものである。

2  そこで、本件車両の喪失が偶然な事故によるものであるかどうかについて検討する。

まず、前記前提事実及び本件各証拠を総合すると、証拠上動かしがたい事実として、以下の事実が認められる。

(一) 平成九年二月五日、乙川は、原告の承諾を得て、原告名義を借用して本件車両をヤナセから購入し、その代金内金二〇〇万円を売買仲介者中村薫(以下「中村」という。)を通じてヤナセに支払った。

なお、本件車両代金のうち三五〇万円については、ジャックスと原告との間にオートローン契約が締結され、ジャックスが原告に代わってヤナセに立替払いをし、右立替払金及び手数料の合計額三七六万四九五〇円を原告がジャックスに対して分割して返済する(平成九年二月から平成一二年一月まで毎月二七日限り三六回払い、初回割賦金額は一〇万七四五〇円、二回以降の割賦金額は一〇万四五〇〇円)こととされたが、このオートローン契約も、原告の承諾を得て、乙川が原告名義を借用して締結したものであった。

また、本件車両の所有権は、右代金及び割賦金完済までヤナセに留保されることとされた。(甲二、四、九、二〇の一、二、乙一六、証人乙川)

(二) 平成九年二月一二日、本件車両は、所有者をヤナセとして、使用者を原告として登録された。(甲一)

(三) 平成九年二月一五日、本件車両は、ヤナセから原告宛に一旦納品されたが、すぐに原告から乙川に引き渡され、その後は専ら乙川の個人専用車として利用された。(甲三、乙一六)

(四) 平成九年二月一七日、乙川は中村を通じて、本件車両代金内金一六四万一二〇〇円をヤナセに支払った。(甲五、九、証人乙川)

(五) 平成九年二月一八日、原告と被告との間で本件保険契約が締結され、第一回保険料として七万七七二〇円が被告に支払われた。本件保険契約も、原告の承諾を得て、乙川が原告名義を借用して締結したものであった。(乙一三、一六、証人乙川)

(六) 乙川は中村を通じてジャックスに対し、平成九年二月二七日割賦金一〇万七四五〇円を、同年五月二日割賦金一〇万四五〇〇円を、同年六月二日割賦金一〇万六一五二円(損害金一六五二円を含む。)を、同年七月一日割賦金一〇万四五〇〇円を、同年九月八日割賦金二〇万九〇〇〇円を、それぞれ支払った。(甲九、一九、証人乙川)

(七) 平成九年九月一三日(土曜日)、本件車両を使用保管していた乙川から、浦安警察署宛に本件車両の盗難届(受理番号平成九年浦安第二一八五号)が提出された。

その届出によると、被害日時は平成九年九月一三日午前二時三〇分ころから午後一時ころまでの間、被害場所は千葉県浦安市明海〈番地略〉望海の街八号棟裏出入口前駐車場とされている。(乙九)

同日以降、本件車両の姿は発見されていない。

(八) 平成九年九月一六日(火曜日)、乙川から被告に対し、盗難事故発生の通知がなされた。その内容は、同月一四日午後一時ころ本件駐車スペースに停めていた本件車両が盗まれていることを発見したというものであった。

なお、その際、乙川は原告の従業員であり、本件車両は乙川の通勤車両として使用されていた旨の説明がなされた。(乙一八の一、二)

(九) 平成九年一〇月八日、乙川は中村を通じジャックスに対し、割賦金一〇万四五〇〇円を支払った。(甲九、一九、証人乙川)

(一〇) 平成九年一一月一二日、原告は被告に対し、本件保険金請求書を作成提出した。右請求書には、事故発生日は平成九年九月一四日と記載され、また、保険金の支払指定口座は乙川名義の銀行口座となっていた。(乙一九、二〇)

(一一) 平成九年一一月二七日、被告は原告に対し、車両盗難事故と認定できないため本件保険金は支払えない旨を通知した。(甲六)

(一二) 平成一〇年二月一六日午前八時ころ、本件車両のナンバープレート二枚が、愛知県内のガソリンスタンドのゴミ箱内から発見された。(乙六)

(一三) 平成一〇年三月一〇日、原告代理人から被告に対し、本件保険金の再請求がなされたが、被告は支払いを拒絶した。(乙一二)

3  ところで、右2に鑑定した事実経過に照らせば、本件保険金請求が認められるためには、原告及び乙川にとって本件車両の喪失が予知できなかった偶然の事故であったことを主張立証することを要するというべきところ、これを推認させる間接事実としては、平成九年九月一三日乙川が浦安警察署に本件車両の盗難届を提出したこと、平成一〇年二月一六日午前八時ころ本件車両のナンバープレート二枚が愛知県内で発見されたことを挙げることができる。

そして、被保険車両が盗難事故にあったという場合、被害現場に窃取の痕跡(破られたウィンドガラスの破片が散乱している等)が残されているか、被害車両が発見されるか、あるいは窃盗犯人が検挙されるかしない限り、一般人にとって盗難事故の存在そのものを直接立証することは困難というべきであるから、その被害車両の喪失前後の保管状況や保管者の言動等に疑問点があるなどの特段の事情がない限り、右事実(盗難届の提出及びナンバープレートの発見)をもって、乙川にとって本件車両の喪失が予知できない偶然の出来事であったことを推認することができるというべきである。

4  そこで次に、右3の推認を覆すに足りる特段の事情があるかどうかについて検討する。本件の場合、検討を要する事実は左記のとおりである。

(一) 本件車両の二組の鍵のうち、一組の所在が不明であること

(1) 本件車両には、各車両ごとに設定されるパスキーと呼ばれる自動車盗難防止システムが装備されている。これは、個々の車両のイグニッションキー(エンジンを始動させるためのキー)に車両ごとに値の異なるレジスターペレット(電気抵抗素子)を付け、個々の車両のエンジンに設定された電気抵抗(一車種一五種類)と同じ電気抵抗を持つイグニッションキーが差し込まれないとエンジンが始動しないようにしたシステムである。エンジンに設定された電気抵抗と異なる電気抵抗を持つキーでエンジンを始動させようとした場合、エンジンが始動しないばかりか、SECURITYと書かれた警告ライトが点灯して、始動回路の作動が三分間停止し、その間は正しいキーを使っても始動することができなくなる。また、キーを使用せずに単純な「直結」作業によりスターターを強制回転させても、燃料系・点火系がコンピューターからの命令を受けないため、車を走行させることができない。(乙八、一五の一、二)

(2) 右のような盗難防止システムが装備された本件車両は、本件車両の正規のパスキーを使用するか、右パスキーのスペアキーを入手するか、右パスキーと同様の電気抵抗を持つキーを別ルートで手に入れるかあるいは新たに製作するか、システム全体を解析改造して同一の電気抵抗を入力しなくても走行できるようにするか、いずれかの方法によらなければ、本件車両を通常の方法によって使用することは困難であると推認される。

原告は、キーがなくても直結走行の可能性は証拠上否定されていないと主張するが、単に直結にするだけで本件車両を走行させることが可能であれば、わざわざ高価なシステムを装備する必要はないし、調査嘱託に対するヤナセからの回答(乙八)も、直結走行の可能性を肯定しているものではなく(キーなしで走行できるかどうかは不明としているだけである。)、被告作成の報告書(乙一五の一)の記載内容と矛盾しない。

(3) 本件車両を移動させる方法としては、右(2)の方法により本件車両自体を走行させる方法以外に、ドアロックを開錠してシャフトロック及びシフトレバーロックソレノイドを取り外し牽引する方法、フロント両輪を持ち上げて牽引する方法等が考えられる(乙八)。

しかし、移動させた後に本件車両を通常の使用に供するためには右(2)の方法によらなければならない以上、本件の場合には、右(2)の方法により本件車両自体を走行させる方法により移動させた可能性が高いと推認するのが合理的である。右(1)のような盗難防止システムを装備したキャデラックを移動させた人物が、その後の走行可能性を考えずに本件車両を移動させたとは考えにくいからである。

(4) このように見てくると、乙川にとって本件車両の喪失が予知できない偶然の出来事であったかどうかを判断するにあたっては、パスキーシステムが装備された本件車両の場合、これが装備されていない車両の場合よりも、その鍵の所在及び保管状況が重要な意味を持っているといえる。

本件車両の鍵は、イグニッションキーとドアキーの二個が一組となっており、これが二組本件車両とともに乙川に渡された。そのうちの一組(金の鍵)は乙川自身が所持使用していた。(乙一七、証人乙川、弁論の全趣旨)

乙川証人によれば、もう一組(銀の鍵)は乙川居室のテレビ台の引き出し内に入れてあったが、本件車両の喪失に気づいた際に、銀の鍵もなくなっていることに気づいたという。しかし、銀の鍵の所在及び保管状況については、右乙川証言を裏づける証拠は全くない(乙川居室で乙川と約一年半にわたり同棲していた丙山も、金の鍵以外は見たことはないと述べている。乙一七、弁論の全趣旨)。そのうえ、本件車両を購入してから約七か月しか経過していないにもかかわらず、高価で且つ他人名義で取得してまで品川ナンバーにこだわって入手した(甲九)、お気に入りの外車の鍵の所在及びその喪失原因が分からないというのは、不自然というほかない。

(5) 以上の事実に照らすと、本件車両の移動・喪失は本件車両の銀の鍵を使用して行われたものであり、その銀の鍵の使用にあたっては、乙川自身が関与している、即ち本件車両の喪失は乙川にとって予知された出来事であったという合理的疑いが残るといわざるを得ない。

(二) 本件車両のナンバープレートが見つかった時期及び場所について

(1) 平成一〇年二月一六日午前八時ころ、本件車両のナンバープレート二枚が、愛知県内のガソリンスタンドのゴミ箱内から発見されたことは前記のとおりである。

また、右ナンバープレートの盗難届あるいは紛失届が提出されてはおらず(弁論の全趣旨)、現在本件車両には、ナンバープレートが付けられていないか、あるいは違法な手続により別のナンバープレート又は偽造ナンバープレートに付け替えられている可能性が高い。

(2) そうすると、本件車両は現在正規の使用状態にはないということになるが、それではなぜ本件車両の喪失から五か月も経過してから、本件車両が正規の使用状態にないことを誇示するような形でナンバープレートが捨てられていたのかが疑問となる。

なぜなら、仮に本件車両が乙川の予測しない盗難にあったものとすれば、本件車両を窃取した犯人は、被害届による盗難車両の手配を予想し、本件車両の登録ナンバーから足がつくのをおそれ、速やかに本件車両からナンバープレートをはずしてこれを人目に付かないよう処分するのが通常の行動であろうと考えられるからである。即ち、本件車両のナンバープレートが発見されるならばもっと早い時期に発見されなければおかしいし、発見場所についても人目に付きにくい場所でなければ不自然である。しかし、本件車両のナンバープレートは、ガソリンスタンドのゴミ箱という人目に付きやすい(むしろ、ゴミの回収整理のために一日に一回は必ず人目に付く)場所から発見されており(乙七)、その発見状況から考えて、右ナンバープレートが残置された日時は、発見された前日である平成一〇年二月一五日午後九時から同月一六日午前七時までの間であると推定されるのである(乙六)。

(3) このように見てくると、本件車両のナンバープレートは、本件車両が正規の使用状態にないこと、即ち本件車両が乙川の予測しない盗難にあったことを誇示する目的で意図的に投棄されたのではないかという合理的な疑いが残るといわざるを得ない。

(三) 本件車両前後の乙川の言動について

(1) 乙川証人は、平成九年九月一二日午後七時から午後九時まで、知人の池田孝治の指導の下空手の稽古をし、その後本件車両を運転して江戸川区南小岩の自宅まで池田を送り、その後ウェアハウス行徳店というビデオ店でレンタルビデオを借りて帰った、翌一三日午前零時すぎころ、本件駐車場に到着し、本件車両を本件駐車スペースに駐車した、同日正午過ぎころ、本件駐車スペースに停めたはずの本件車両がなくなっていることに気がついた、本件車両とともに、社内に置いてあった松山空港行きの航空券も盗まれたが、羽田空港で航空券を買い直し、飛行機で松山に向かい一泊したと証言する。

しかし、乙川の右行動を裏付けるに足りる証拠は全くない。ビデオ店に対する調査嘱託の結果(甲一五ないし一七)も、乙川の右証言内容を積極的に裏付けるものではないし、本件駐車スペースに本件車両を駐車したこと自体についても、乙川以外にこれを見たものはいない。

(2) 乙川は、本件車両がなくなっていることに気が点いたきっかけについて、同人の陳述書においては、九月一三日のお昼ころ、松山に行くため羽田空港に車で行くつもりで本件駐車スペースに行ったら、本件車両がなくなっていたと述べていた(甲九)。

しかし、法廷での証言では、九月一三日のお昼ころ、乙川居室のマンションのベランダから本件駐車スペースを見て本件車両がないことに気づき、同居していた丙山に車がないと行って見に行ってもらった、その後私も見に行って、すぐに警察に通報したと証言する。

このように、乙川の証言は、本件喪失に気づいた契機という重要な内容について変遷しており、乙川自身その変遷の理由について合理的説明をなしえていない。

また、他人名義で取得してまで品川ナンバーにこだわって入手したお気に入りの外車がなくなっているのに気づきながら、まず同居の女性に見に行かせた(乙一七、乙川証言)という乙川の行動も不自然というほかない。

(3) 愛車の喪失という重大な事件が発生しているのに、警察による事情聴取及び現場検証を急がせて切り上げ、予定していた松山に向かった(甲九、乙川証人)という乙川の行動も理解しがたい。

乙川証人は、松山行きの用件について、友達と待ち合わせていたから行ったというだけで、警察による事情聴取及び現場検証を切り上げなければならないほど重要な用件であったと認めるに足りる具体的供述をしようとしない。

(4) 乙川証人は、本件車両の喪失に気づいた当日(九月一三日)、すぐに保険会社にも盗難の事実を連絡したと証言する。

しかし、その証言は信用できない。なぜなら、前記のとおり、被告の事故通知受理連絡文書(乙一八の一、二)には、同月一四日午後一時ころ本件駐車スペースに停めていた本件車両が盗まれていることを発見したという記載がなされているところ、九月一三日中に盗難の事実が告知されていたとすれば、盗難発生日を告知日の翌日である一四日と間違えるはずがないからである。

したがって、乙川から被告宛に盗難の事実が告知されたのは、乙川が本件車両の喪失に気づいた日の三日後である九月一六日であると認められる(乙一八の一、二のファックス日時)。

そして、愛車の喪失に気づきながら被告に対する告知が遅れている点も疑問が残る。

(5) 以上の事実に照らすと、本件車両の移動・喪失に乙川自身が関与している、即ち本件車両の喪失は乙川にとって予知された出来事であったという合理的疑いが残るといわざるを得ない。

5 以上の検討の結果を総合すると、本件の場合、本件車両の喪失前後の保管状況や本件車両の保管者である乙川の言動等に前記のような数々の疑問点が存在するという特段の事情が認められるから、盗難届の提出及びナンバープレートの発見をもって、乙川にとって本件車両の喪失が予知できない偶然の出来事であったことを推認することは困難というべきである。

したがって、本件車両が盗難にあったことを前提とする原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

二  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官潮見直之)

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